2022/07/22

人が老いて行くときには・・・

昨夜読んだ『アミエルの日記』の1節・・・

<健康というもの。
はきはきして気軽で威勢がよくて食欲があって陽気で力が漲ってゐるということは何と畏怖祝福だろう。

ところが今私には物を食べる歯もなくなり、睡眠も消化も仕事も旅行も凡てが困難になってゐる。・・・このままではやつていけない。丈夫になるかそれとも消え失せるかである。気力の抜けた者は不幸である。骨を折ったり工夫したりしなければ均衡を取戻して打克つことができない。破滅が近づいてくるのをさういふ人々は小刻みに経験するのである。

私の神経一般の摩滅を示す別の証拠は衰弱である。髪の毛も歯も記憶も意志も凡てが私から去って行く。自分の箍が外れて行くのを目の当たりに見ている。樽の板が段々緩んで行って、このばらばらになりかけた哀れな樽は、胸に何も保つことはできなくなつてゐる。落胆と無関心はこの崩壊を速める。実際自分から離れるものからは私も離れるのである。美しい季節や仕事の中止が少しでも私の健康を改善したとは思へない。崩壊は寧ろ速められている。時に先立つ落葉、心苦しい悩み。

・・・人生は一つの流星に過ぎず、
・・・生まれる、活きる、死ぬ
・・・。>

スイスの哲学者の老いに関するブラックジョークなのでしょうか? アミエル56歳のときの7月12日の日記の言葉です。

0 件のコメント:

コメントを投稿

いちばん責められるべきは, 私たち自身の無関心・・・

    今朝, ふと開いた本の“刊行尾のことば”・・・     “ 「タスケテクダサイ」――それは獄中の岡部さんからいただいた手紙の中に, いつも必ず記されていることばできた.     (中略)     あの敗戦後の数年の歩みを振り返って見れば, 岡部さんとほど遠くない立場に, ...