今朝読んだ『英訳聖書』(NSRV)の箇所は、いわゆる<talents >の話し・・・。
主なる神さまは、その人の能力にふさわしい( according to his ability)ものを提供してくださいます。しかし、その能力の差は、1〜5倍しかありません。人間の社会では、その能力の差は、1〜∞ まで、千差万別です。
日本の社会では、能力は<学歴>ではかられるのが常ですが、<学歴>は、一見一様に見えて、実際は、千差万別・・・。一律に<大学卒>といわれても、どの大学を卒業したかによって、千差万別に取り扱われるのが常・・・。
日本基督教団の牧師の中では、<無学歴・無資格(Academic Outsider)>の筆者は、 最も能力の少ないものに数えれています。その筆者にも、主なる神さまは、その能力に応じて(according to his ability)、それにふさわしい<talents>を提供してくださいます。
人間的に見ると<talents>の多少は、そのひとを他者から区別して自尊の念を引き起こす要因になります。しかし、主なる神さまの目からみますと、能力の1〜5倍の差は、< a few things >でしかありません。1の能力でも、5の能力でも、主なる神さまの目からみると、同じ< a few things >・・・。
筆者が主なる神さまからあたえられた< talents >は、5でも3でもないことは確か・・・。たぶん、1に該当するのでしょう。しかし、筆者は、< a few things >を軽んじることなく、< a few things >を、主なる神さまから与えられたものとして、最大限、努力して、意義たらしめようとします。
世の悪しき教師は、<たかが、無学歴・無資格(Academic Outsider)・・・>とのたまわれる。しかし、筆者は、<されど、無学歴・無資格(Academic Outsider)・・・>をまっとうしようとします。どちらも、主なる神さまの目からみますと、< a few things >でしかありませんから・・・。
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