2023/02/16

昨夜、吉田向學に関する古文書を読む・・・

昨夜、筆者にとって高祖父にあたる、真言宗観聖寺の修験僧に関する『観聖寺文書』の古文書を読んでいました。

<吉田向學>の 父にあたるひとですが、<吉田向學>の曽祖父が<修験僧>を隠退して<住職>になったとき、真言宗観聖寺の修験僧として、江戸・鳳閣寺配下の<触頭>として活躍した人ですが、彼は、その前に、京都醍醐寺末寺として当山派修験の職務にあたると同時に、<寺号>である<観聖寺>で、高崎驛普化宗慈上寺で尺八を修業、<助奏>から<本奏>の資格を取得、また、<寺号>である<観聖寺>で、京都六角堂池坊専明から門弟としての永代資格を授与されたようです。

個人名ではなく、<寺号>で資格を取得したということは、高祖父の父が<修験僧>を隠退して<住職>になったとき、高祖父の父も高祖父も、<観聖寺>をなのって、生花や尺八を指導することができた、ということを意味していると推察されます。もしかしたら、高祖父の母も生花を教えていたのかもしれません。

筆者が高校に入ったとき、先輩たちから、華道部・茶道部・詩吟部に入れることを求められ、生花を習うことになったとき、筆者の父は激しく怒っていました。<吉田家の生花は、代々未生流だ。池坊はやめろ!>と。しかし、真言宗観聖寺が、聖徳太子像を本尊とする栗田村太子堂であることを考えても、高祖父が京都六角堂池坊専明から門弟として、池坊の生花の免状を得たとしても不思議ではありません。筆者の父は、祖父・吉田永學からその話を聞かされただけであって、『観聖寺文書』を読んだわけではありませんので、ただ単に知らなかっただけでしょう。

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