2025/02/01

読みたい本に囲まれる老後の暮らし・・・

    読みたい本に囲まれる老後の暮らし・・・

    主なる神さまが私に与えてくださった人生における恵みのひとつ・・・. 私の父は1級の視覚障害者でした. 徐々に視力を喪失していく病気になり, 自分の病気のくるしみしか考えることができないような生き方をしていました.

    高校3年生の2学期, Sweden Covenant Mission の宣教師から洗礼を受けて, "禁酒禁煙" の暮らしを始めました. 某医学研究所付属病院の臨床検査室で臨床病理検査に従事していたとき, 病理学の先生から,"君もおとうさんと同じ体質だから飲酒はやめたほうがいい. アルコールのなかの成分があなたの視力を奪っていくことになるから・・・" とのアドバイスを受け, "禁酒禁煙" の生き方に徹することにしました.

    2013年4月1日に日本基督教団の隠退牧師になり30年間牧師をしていた山口のちいさな教会を離れるとき, 市内の梶原眼科の医師から, "あなたはいい眼をしている. 歳をとればとるほど, 近くも遠くも眼鏡なしで見えることになる" とのアドバイスを受けました. それを聞いたあと, 私は, 日本の古本屋経由で先祖の信州栗田村の真言宗観聖寺の歴史や, 日本基督教団の牧師をしている間に私のライフワークとなった部落史研究に関する史資料・研究書・論文集などを集めました.妻のふるさと湖南に帰郷・帰農してからは, 医学・農学・哲学・言語学・心理学・ 社会学・歴史学・民俗学・情報処理学・日本古代史などの専門書を, 日本の古本屋・BOOKOFF ONLINE・Amazonで, 1960-1980年代の古本を安価に収集してきました.

    梶原眼科の先生の診立ての通り,  77歳になった今も, 眼鏡をかけることなく本を読むことができます.  活字の小さな英英辞典も部屋を少しく明るくしますと自由に読めます. ミシンの針に糸を通したり, 手縫い針に糸を通すしたりすることも簡単にできます. 

    ひとは, 親の生き方とはまったく別の生き方をすることも出来るようです. 1級の資格障害者である父との暮らしのなかで,私は, 障害者に対する基本的な感情・姿勢を培って来ました. 生まれたときからからだが弱かった私は, 現代的な障害者の定義からしますと, 私自身障害者としての生き方をしてきたようです. 日本基督教団神奈川教区の開拓伝道に従事したとき右手関節炎を患い横浜日本赤十字病院で北里大学医学部の田場教授から手術を受けましたが,退院するとき, "障害者手帳を申請する書類" を手渡されましたが, 私はそれを提出することはありませんでした.

    私がであった障害者の中には, ミシンの1級技能士の方もいて, 彼から, "人間は, なにかの機能を失うと,他の部分が失われた機能を補ってあまりある機能を持つことになる" と教えられたからです. 自分の Stigma を受け入れつつ, その Stigma に拘束されることなく, その Stigma から自由になって生きる人間の尊厳さを・・・.

 

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