高校生のとき読んだ哲学者の本の中で、ヤスパースの『哲学入門』・『理性と実存』・『実存主義』は、74歳の高齢者になった筆者になおも刺激と影響を与え続けています。しかし、高校生の時から現在まで影響を与え続けている哲学者は、ヤスパースだけではありません。そのひとりにスイスの哲学者・アミエルがいます。筆者が高校生のときに読んだのは、その『アミエルの日記抄』ですが、その後、岩波文庫の『アミエルの日記』(全8冊)を入手して、読み続けてきました。この『アミエルの日記』は、ほかの人に読まれることがないアミエルの哲学的瞑想を綴ったもので、哲学者アミエルの内面を、その日記を通して知ることができます。
その『アミエルの日記』の一節・・・
<衰弱は終末に到らせるが、能動的な意味に於いて終わらせるものではない。死そのものは、同意、從ってひとつの行為、倫理的行為になることがある。動物は息を引き取るけれども、人間は自分の魂をその創造者に返還し、立派に自分の役目を辞任し、神の欲する事を欲しなければならない。さうすれば、人間は純粋な自然的必然性を高貴にし、生理学を倫理化し、単に縁喜の悪いところ陳腐なところを荘厳にする。さうすれば老衰と破壊は優秀な生活の域に戻り、魂は卑賤なところに打克ってそお高貴な点を立証し、神聖なものが魂の落魄と襤樓を通して輝く・・・>
今日、95歳の認知症の、妻の実家のおかあさんを往診してくださった医者は、妻に、おかあさんの余命日数を告げて行かれたとか・・・。妻のおかあさんは、5人姉妹の長女・・。次女は千葉、三女・四女は、高知・大阪、五女は千葉在住・・・。みんな80歳を超えているし、コロナ禍の中、東北・福島の地まで長旅はできない・・・。妻は、<わたしとあなただだけの家族葬にしましょう>と話していました。
2022/04/30
衰弱は終末に到らせるが・・・
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