午前中, 妻のおとうさん・おかあさんの残した書類の片づけをしました.
なくなったおとうさんとおかあさんの寝室の書類箪笥の中の書類は, 段ボールに詰めて, 押し入れの袋棚にしまっておいたのですが, おとうさんがなくなって12年, おかあさんがなくなって1年が経過して, 妻は, やっと整理をはじめる気になったようです.
1. コメとキュウリ・エンドウ・インゲンの栽培法に関する資料
2. おとうさんが使っていた農機具の取り扱い説明書
3. おとうさんが赤津農協の総代をしていたころの農政に関する資料
4. 妻が実家に送った娘の写真と, お父さんおかあさんのアルバム
5. 妻の祖母の着物や集めた布類
この冬, 1.-3.は, 私が整理して, 4.-5. は妻が整理することにしています. 1.-3. については, 春と秋に5-6日, 妻の実家に帰郷して, おとうさんからいろいろなことを聞かされましたが, その背後にあった資料です. おとうさんがなくなる前の数カ月前の秋, おとうさんは, ”よし, 分かった. お前たちなら, ここで有機・無農薬でコメと野菜を栽培できる! おらの田畑はお前たちに任せた!” と話していました. おとうさんも長い間有機・無農薬栽培でコメと野菜を栽培する方法を考えていたようですが, 実践することができなかったとか・・・. 妻と私の湖南高原の棚田と段々畑の米つくり・野菜つくりは, 私の有機・無農薬栽培の知識・技術・経験 (正) と, ”ここらのもん” であるプロの農家のおとうさん (反) との間で止揚された栽培法 (合) です. 2013年に妻のふるさとに帰郷後, プロの農家から, ”おめえ, バカか! ここらではコシヒカリは採れねえ!” と言われながら, 動揺することなく, ひたすらコシヒカリを栽培し続け, 収穫し続けてきたのは, おとうさんとの長い, 長~い, 何年にもわたった対話があったからです.
その対話がなければ, 妻と私の, 妻のふるさと湖南の赤津村での百姓暮らしは頓挫させられたことでしょう. 現実は, そうならず, これからも, 自給用に有機・無農薬栽培でコメと野菜、果樹を栽培し続けていくことになるでしょう.
片づけをしながら, ”おとうさんは, 喜んでいてくれるかしら?” と話していましたが, 私は, ”喜んでいると思うよ. だって, おとうさんの田畑4.6反は, 荒らさないで, おとうさんがなくなってからこの12年間, ずっと維持・管理してきたのだから. 放射能汚染された時も, どの田畑よりも早く自力で除染して, 有機・無農薬栽培できるようにしたのだから・・・. ” と答えました.
妻のおかあさんの20代, 30代の写真がたくさん出てきました. そして, 70代, 80代の写真も・・・. Sweden Covenant Mission のカーリン・アッセルヘード先生の28歳ころの思い出を86歳の先生に思い出せというのは, 所詮無理な話しでした. アッセルヘード先生は美人でした. 妻の実家の, 写真に残されたおかあさんも, ”美人”でした.
2023/12/16
午前中, 妻のおとうさん・おかあさんの残した書類の片づけ・・・
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