2024/08/25

"部落学序説" は "築城" と同じなので・・・

    "部落学序説" は "築城" と同じなので, ほとんど完成しかかったものを, 崩したり放棄したりして, あらたにつくりはじめることは不可能です.

    "部落学序説" は, 歴史研究や民俗学的研究にととまらず, 他の研究方法を縦横無断に応用した学際的研究なので, 学校同和教育・社会同和教育, あるいは人権教育の一般的な通念で批判されても, "部落学序説" 全体を批判したことにはなりません.

    "部落学序説" の中核的な視点・視角・視座である "新けがれ論" と "新非常民論" について, 真正面から批判・検証してくる読者の方はひとりもいませんでした. 常←→非・常, 日常←→非・日常 の区別は, 私が, 日本法制史・世界法制史, 法哲学などを独学してきたためでしょう. 読者の方々の中には, "歴史研究の世界に, なぜ法学や哲学などの研究方法を持ち込んで, 同和教育に従事している学校教師の世界を混乱させるのか!" と批判・非難してこられる方々も少なくありませんでしたが, 部落差別・部落史の "事実" は, 若干の学問, 歴史学や民俗学だけで解明いされるものではなく, "人間" の問題として,すべての学問を総動員して解明すべきものです. 部落学は, 歴史学的研究,民俗学的研究の一分野としての研究に甘んじることなく, "人間" に関する学問として, "人間学" として構築されるべきものです. 

    既存の学問の中に, そのような学問が存在していないことをしった, ズブの素人で筋金入りの素人を目指す無学歴・無資格 (Academic Outsider) の私は, 微才微能を顧みず, "部落学" の構築をはじめました.  その前座として, "部落学" の研究課題・研究方法などを自覚的に明らかにするために, 部落学 "序説" を書き始めました. それまでの長い, 城の周囲の堀を掘削し, 石垣を積み上げて城壁を築き, その上に, インターネットのブログ上で "部落学序説" の公開執筆をはじめました. 

    昨日, テレビのニュースで繰り返し報道されていた言葉にこのような言葉がありました. "38年間の○○○○の集大成とし, これを最後の戦いとして, 原点に戻り, 全身全霊で・・"  なにか戦いをはじめる前に敗北宣言を出しているような哀れさがにじみでているような表現でした. この表現は, 老い先短い, 高学歴・高資格の高齢者が自らを鼓舞するために好んで用いる表現です. 


    "部落学序説" の執筆者である私は, "晩成" を求めても "大成" を求めることはありません. "ズブの素人" は, "筋金入りの素人" になることを追求しても, "ズブのプロ" になることを求めることはありません. まして, "筋金入りのプロ" になるなんて, 夢にも思うことはありません.
  

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