聖書の中に、<働かざるもの食うべからず>ということばがあります。
筆者と妻は、そのことばをこころにとめて、<働く>ことを大切にしています。といっても、どこかの企業や団体に所属して、その代価として給与をもらうような労働をしているわけではありません。
標高550mの湖南高原の棚田と段々畑で、自給用に有機・無農薬で米と野菜を栽培してしますが、筆者と妻はそれも<働く>ことと同じだと理解しています。主なる神さまに、貸し与えられたいのちを返す日まで、自分たちの食べる糧は、自分たちの手でつくることをこころがけています。主の祈りの中にある<日毎の糧を今日も与えたまえ>という祈りは、筆者と妻にとっては、<日毎の糧を、日々の労働と共に、今日もあたえたまえ>という祈りになります。
しかし、最近、年金だけの暮らしに突入していくひとびとの大変さについていろいろ考えさせられることが多い・・・。
2022/05/10
年金暮らしの大変さ・・・
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夕方の日差しに照らされて棚田の田の気温は37°C・・・
夕方5:00, 棚田の田に, 農業用水路から温水田へ取水しているUV管の蓋を締めに行った時, 電気柵の南側の電線が草に埋もれてしまっているのを発見,それで刈払機で電気柵の電線の下の草刈りを始めました. 妻の実家の棚田の田は東に雑木林の小高い山がありますので朝の日差...
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猪苗代から戻ると、筆者と妻、すぐ着替えて農作業をはじめました。 妻は、段々畑の梅の木のある畑に作付けしたキュウリとインゲンの支柱のネット張り・・・。筆者は、棚田のひめのもちとはえぬきの田の草取り・・・。午後1:30~4:00、市販の農具を改造してつくった <水田熊手>型草取り器を...
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1948年生まれ。出身地は、岡山県児島郡琴浦町、当時は、塩田と学生服の町でした。琴浦西小学校・琴浦中学校・岡山県立児島高校普通科出身。神学校は、鶴川学院農村伝道神学校。高校を卒業した後の職業は、大阪府職員、岡山県倉敷式の某医学研究所付属病院で臨床病理検査、さらにその後、専門商社に...
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