夜、たまたま開いた、スイスの哲学者『アミエルの日記』の一節・・・。
<1881年1月20日
他人の悪意・・・によって悩まされることは、とかく私が陥り易い弱点である。・・・誤った批判を受けることは私にとつて辛い。私には男らしい乱暴さがない。私の胸は・・・必要以上に傷つき易い。けれども私は随分戦争に慣れて胸のところが鍛えられたような気がする。世間の悪意も昔と比べてずっと私を悩まさなくなってゐる。これは哲学のお陰だろうか。それとも年のせゐだらうか。・・・悪意を抱く人々が我々に及ぼす害は、我々に自分の力を疑わせることである。謙遜からわれわれはさういふ人々が間違ってゐるのだと考えられる時には凡てが救われる。我々はさういふ人々の誤りを惜しむ。我々はもう惑わされることも悲しむこともなくなる>。
<1881年5月11日>、夜を去った。4か月前の日記の記事です。
2022/05/04
哲学の効用・・・
登録:
コメントの投稿 (Atom)
幸いなるかな, 富める者. 彼は・・・
今朝,6:30に起床して8:00まで,ルター訳詩篇第49篇を通読しました. これまで読んできた詩篇の中では, めずらしく, この世の富める者を “ほめたたえる”歌・・・. 無学歴・無資格 (Academic Outsider)の私は, この詩篇の第7節以下を,...
-
歌会始の歌を聞きながら, 私も1首・・・. 夢という言葉を使ってはいませんが・・・. 吉田 永學 ふりかえり 歩みし道に悔いはなし 主のみことばに 従い歩めば 子供の頃から, 歌心・詩心の少ない私は, 俳句・和歌・詩をつくることが大...
-
夜, 久しぶりに"部落学序説" の管理画面を見ました. Gooblogの事務局から閲覧禁止・削除処分を通告されて, 私のブログを Google の Blogger に移行しようとしましたが, 移行ツールがなく, "部落学序説...
0 件のコメント:
コメントを投稿