昨夜も、『観聖寺文書』のくずし字を読んで、Word2019 で活字化していました。昨夜読んだのは、筆者の先祖である信州栗田村の真言宗観聖寺の住職・修験僧が実践していたと思われる<灸術>に関する古文書です。当時の『灸術』に関する膨大な本からの抜粋であるようです。項目に、番号が振られていますので・・・。
当山派修験僧が、その村の農民の健康について施術するときは、その大半が、民間医療行為であったと言われます。病気の95%は、当山派修験僧の診断・施薬・養生の指導であり、それらを駆使しても治らない不治の病に対してだけ、加持祈祷を行ったようです。筆者の先祖の観聖寺の住職・修験僧の民間療法に用いた薬草は、高尾山の施薬院の薬草であったようです。幕府の直轄地でもあった信州栗田村の真言宗・観聖寺は、江戸とその周辺の当山派寺院となにかにつけていろいろ交流があったようです。この前、観聖寺跡地に住み、その宗教遺産を継承しておられる長野の吉田さんから、高尾山の施薬院の薬草を用いて栗田村の農民を民間医療するときのいろいろな<仏具>をあずかってきました。江戸時代において、先祖が使っていた年季のは行った<仏具>・・・。今、修験道ブームで市販されている<仏具>とは、かなり違いがあります。大切に保管していますが、やがて、長野の吉田さんにお返しすることになるでしょう。
<高尾山>の修験寺院に関する史資料をかなり収集していますが、まだ解析が完了していません。
2023/04/09
昨夜も、『観聖寺文書』を判読・・・
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