2023/08/30

田中美知太郎「良心」・・・

    久しぶりに手にとったハンス・カロッサの『美しき惑いの年』からこぼれ落ちた新聞の切り抜き記事・・・。

    京大名誉教授・田中美知太郎著「良心」・・・。

    <良心などというのはもはや今日の言葉ではないであろう。 むろん良心的とい形容詞が特定の人たちについて使用されることは、今日のありふれた風俗に属するとも見られる。 しかしそれはおよそ非良心的な人たちと事柄についていわれているのだとすれば、良心が今日いよいよ廃語となりつつあることのしるしとも考えられる。

    良心というのは、何よりもまず「われ知る」ということなのである。 何を知るのか。 それはわたし自身が何を考え、何をいているかを、他人は知らなくても、わたし自身は知っているということである。 天知る地知る我(われ)知るという場合の「われ知る」なのである。 西洋では古代ギリシアのデモクリトスに既にこの言葉がある。 「ひとりをつつしむ」という意味合いにおいてである。

   
その「知る」は多くの場合「自己否定」をふくんでいる。 自分の不足を知るのである。 わたしが正義の人であることからいかに遠く、自分がいかに悪であるかを知ることである。 そしてこのことをはっきりと知り、厳しく自己を批判するためには、他方において「正義」や「知」の純粋なもの、明白なるものを求める心がなければならない。 かかる志向と、それにもとづく自己否定の認識が、「われ知る」を構成するわけだ。 むやみに自己を正義そのものと混同し、自己を人類や人間と同一化することは、まさにその正反対でなければならない。 いわんや流行の合言葉に合づちを打つだけの無反省の人間が、良心的などと呼ばれたりするのは、およそ滑稽(こっけい)なことだといわなければならないだろう。

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