2022/01/13

雪国の隠退牧師は少ない・・・

日本基督教団の隠退牧師の名簿を見ていますと、大半の隠退牧師は、雪の降らない大都市、ないし地方都市に集中して住んでいるようです。雪国で、人生の晩年を過ごす隠退牧師は、少数派・・・。

雪国では、12月~3月までの4か月間、除雪作業に追われます。隠退牧師の場所として雪の降らない場所が選択されたとき、その除雪作業にかける時間を、<神学研究>、<聖書研究>にあてることができます。最近では、インターネットを通じて、その研究成果を一般読者に披露されている隠退牧師も少なくありません。

しかし、無学歴・無資格の筆者、雪の降る季節は、除雪作業に追われ、雪の降らない季節には、百姓暮らしの農作業に追われます。1日4~8時間・・・。その時間を<神学研究>、<聖書研究>にあてることができる隠退牧師は、主なる神さまからその恵みのときを与えられているのでしょう。筆者にとっては、無縁の恵み・・・。<働かざるもの食うべからず>の聖書のことばにしたがって、日々労働をしている筆者に与えられている恵みは、それとは別の恵みです。主なる神さまから与えられる恵みに他なりませんが・・・。

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