ヤスパース著『哲学Ⅰ』のお言葉
<哲学しつつ自己自身と出会い且つ結びつくところの、根源的に自己存在する人間のみが、真実に哲学しつつあるのである。空虚のものの中を動くことによって独力で本来的なものを全体として把握しようと敢えて試みながらこれを拒否される場合の方が、専門の権威についての科学的盲信的態度にもとづく整序的な因習の中に哲学する働きを埋没させてしまう場合よりは、むしろ哲学の旗を掲げていることになるであろう。・・・哲学は、つねに繰り返し現れるところの喪失状態から自らを取り戻すところに実現される>。
筆者は、高校生のとき、国立大学の哲学科に進学したいと思っていました。進路指導の教師からは、<哲学を学んでも、学校の教師ぐらいにしかなれないよ>とほかの学科の受験をすすめられました。当時、育英会の奨学金を借りて、国立大学で勉学、卒業して、公立学校の教師になれば奨学金の返済を免除されることになっていたので、筆者の父が地方公務員をしていて、経済的にゆとりのない筆者は、それで十分でした。しかし、その願いはかなえられず国立大学の哲学科で哲学を学ぶ機会は、失われてしまいました。その後、筆者は、ゲーテの『ファウスト』の冒頭に出てくる、哲学・法学・医学・神学の4科目を独学することになりました。74歳の今日まで、それを続けています。そんな筆者にとって、上記のヤスパースの言葉はこころに響いてくるものがあります。
2022/01/14
哲学の旗を掲げている人生・・・
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