朝、本田豊著『被差別部の民俗と伝承』の精読をはじめましたが、精読をはじめてすぐ、本田豊氏の被差別部落の歴史と伝承の研究は吉田向学の『部落学序説』の歴史と伝承の研究とはまったく似て非なるものであることを確認しました。
なぜ同じテーマをとりあげているのに似て非なるものになるのか、それは本田豊氏と吉田向学の人間観の違いに起因していると思われます。 本田豊氏の人間観は日本の左翼主義思想の人間観を踏襲しており吉田向学の人間観は聖書の人間観を反映しているからです。
本田豊氏は<「同和地区」とは行政用語であって、一般には被差別部落とか、ただ単に部落と呼ばれる>と表現しています。 本田豊氏は<最近では「部落」という概念が成立するかどうかも疑問となってきた>と<はじめに>に記していますが、本田豊氏にして「部落」概念は曖昧模糊として定義不能の概念であるようです。 「部落」とはなにか? それを確定しないで進められる部落史研究はさらに混迷の度を深めていくことでしょう。 その中で「部落」概念は内包を確定しないまま外延だけが拡大されますます「部落」概念の定義を不可能の淵に追いやり部落差別拡大再生産が<嗜好>されていくことでしょう。
左翼主義思想からの問題提起に真摯に耳を傾けたとしても左翼主義思想に甘んじて埋没することなく左翼主義思想の部落解放理念から解放され、被差別部落の歴史と伝承に耳を傾けつつ聖書的人間観から被差別部落民の史的真実を追求する吉田向学の『部落学序説』と、本田豊氏の主張との間に亀裂があることを認識せざるを得ません。 『被差別部の民俗と伝承』に紹介されている<村の語り部たち>の<語り>の内容には真摯に耳を傾けざるをえません。 村の語り部たちだけでなく本田豊氏の人間性もそこに表現されているからです。
2023/08/12
本田豊と吉田向学は似て非なるもの・・・
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