朝、法哲学者・ラートブルフの本を読んでいましたら、こんな言葉がありました。
<われわれは、思考する人の生涯の歴史に三つの段階を分けることができるかもしれない。鋭さ、見事さ、深さがこれである。
青年時代の精神の鋭さは、思想を現実に押しつけることをあえてする。
壮年の精神は、現実の中に思想を見出し、現実を思考的に解釈しようと求める。しかし、
老年の深さにとっては、現実と思考とは一つになる。
・・・口と文書で評価しつつ、探求しつつ他人に影響を与えようとする意図のかわりに、次第次第に、自分自身を教えようとする要求が生じる。>
しかし、人はすべて思考しながら生きている。哲学する人は少ないかもしれないが、人は哲学をしなくても思考しながら生きている。そいう意味では、すべての老年にとって、現実と思考とは一つとなる。人は、その老年期を、その人がそれまでの人生で老いについて考えてきた通りの晩年を生きることになる・・・。思考した結果が現実となる・・・。人がどのような老年期を過ごすことになるのか、それはその人がどのように思考して生きているかにかかっている・・・。
2021/12/17
思考する人の生涯の歴史に三つの段階・・・・
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