2021/12/25

読みたいと思っても入手できないヤスパースの本・・・

筆者が読みたいと思っても入手できないヤスパースの本に、『アーレント=ヤスパース往復書簡』があります。インターネットで検索しますと、アーレント=ヤスパース往復書簡 1』についてこんな記事がありました。

<作品紹介

男女二人の思想家のあいだの膨大な文通をあますところなく収録した思想史上初の書簡集。1巻では、学位論文「アウグスティヌスにおける愛の概念」のやりとりにはじまり、亡命国アメリカと敗戦国ドイツの現状分析、『罪責問題』と『全体主義の起原』の相互の著作の進行状況や批評、パレスティナ問題をめぐる議論、マッカーシズムのはじまりなど、1926‐1953年の150通を収録。対話から生まれた戦後世界への透徹した批評と真の思索の姿を読みやすく伝える、魅力つきない希有の書である。

蓮さんの感想 2014年1月28日

21歳のハンナ・アーレントがヤスパースに哲学を学んでいた、ハイデルベルク大学時代からの往復書簡全433通。1巻はその内150通を収録。教え子と教授が、次第に哲学者同士の友情に成り代わってゆく。ナチスに職を追われ終戦後に全財産を失うヤスパースへ、アーレントは亡命先から食料等を送る。やがてヤスパースも国外亡命。互の論文、著作、様々な哲学者達について活発な意見交換を繰り返す。妻がユダヤ人のヤスパースと、ユダヤ人のアーレント。「ユダヤの過去もアメリカの過去も、自分のものであるかのように騙し取りはしない」が印象的>。

以前にも、筆者のブログの中で書いたことではありますが、ヤスパースは生粋のドイツ人、その奥さんゲルトルートは生粋のユダヤ人・・・。ふたりはお互いの人格と精神を尊重し、それぞれの立場から真摯に哲学を遂行します。ヤスパースは、妻のゲルトルートのユダヤ人として持っている歴史や経験を自分のものとして同化することはありません。同化することなく、お互いの人格と精神を尊重し、人間を非人間的な差別から解放しようとします。その哲学的背景が実存主義・・・。無学歴・無資格、学問的哲学とは無縁の筆者も、ヤスパースの哲学することの真摯さに同調するがゆえに、自らの歴史を自ら担いつつ他者の歴史を尊敬の念をもって知ろうとします。明治政府によって切り捨てられた人々に、修験道の僧侶・修験者がいます。筆者の祖父・吉田永学の先祖は、1637年(寛永14年)に開山された信州栗田村の真言宗・観聖寺の世襲の住職・修験僧の家系です。しかも、筆者はその長男系列の直系・・・。キリスト教を国教とする欧米諸国に列するために明治政府がとった神道の国家宗教化のための諸政策、神仏分離、廃仏毀釈、修験道廃止、祈禱の禁止、民間医療の禁止
などによって、観聖寺が末寺をつとめていた、伊勢神宮の神宮寺である伊勢の世義寺が廃寺に追い込まれ、その末寺も廃寺に追い込まれます。明治政府によって切り捨てられ、塗炭の苦しみを味わわされた修験の末裔として、筆者には、同じく明治政府によって切り捨てられた江戸時代の司法・警察官であった<穢多>役とその末裔に対して<共感>を持つことができるのかもしれません。ひとはそれぞれの歴史を担っていきるべきであって、他者の歴史を自分の歴史であるかのように搾取・詐欺することは許されない。日本基督教団の牧師の中には、被差別部落出身でないのに、被差別部落出身をなのって部落解放運動にかかわるひとも多い。筆者とは、相容れない牧師のあり方です。

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