過去には, 教育委員会が被差別部落に対して社会的差別意識を煽ることも・・・
山口県光市の教育委員会の "和問題関係史料取扱いについて" という文章に, 以下のような史料が掲載されています.
(史料)
"大島郡M村, 茶筅彦右衛門次男, 浅兵衛, 平人の娘と馴れ合い, あまつさえ, 仲間の者多人数へ乱暴せしめ候趣に付遠島. 同断, 懸り合い, K村百姓孫兵衛りんこと, 茶筅浅兵衛の父, 彦右衛門へ引き渡し仰付られ, 以来平人に立ち戻り候に於いては重く相咎めらるべく断, 沙汰仰付られ・・・"
その史料に対して, 光市教育委員会は次のような解釈をほどこしています.
"これは・・・茶筅の浅兵衛がK村(隣村)の百姓娘りんと '馴れ合い' で, 仲間の者多人数へ乱暴し, 事件が明るみに出た. そして, K村の百姓りんは, 父浅兵衛に身柄を渡され '以来平人に立ち戻るにおいては重く相咎め' とあって, 茶筅身分に落とされているのである".
2005年5月から, インターネットのブログ上で描き下ろし執筆をはじめた私の "部落学序説" でとりあげた事例ですが, 光市教育委員会は, 左翼主義思想の差別思想である "賤民史観" の信奉者であるようです. 問題は,光市教育委員会がそのことに気づいていないか, 気づいていてもそれを完全に黙殺していることにあります.
"賤民史観" は, 被差別部落の先祖といわれている穢多・非人, 茶筅・宮番が, 近世幕藩体制下の司法・警察官であった事実を過小評価したり無視して, 差別され, 社会的に排除疎外された気の毒な人々である "賤民"であったということを強調する歴史観です. 上記の例では, 光市教育委員会は, 史料に対して,賤民史観的解釈を施して,"百姓りんは・・・茶筅身分に落とされ" たと解釈しているのです. このような表現の背後には, 光市教育委員会が潜在的に持っている社会的差別意識があります.
茶筅と付き合い結婚すると茶筅身分に落とされる
穢多と付き合い結婚すると穢多身分に落とされる
同和地区住民と付き合い結婚すると同和地区住民に落とされる
被差別部落民と付き合い結婚すると被差別部落民に落とされる
この史料を, 光市の小学校・中学校の学校同和教育でどのように扱われたのかは寡聞にしてなにもしりませんが, 教育現場でもし使われていたとしたら, 同和教育を受けた中学生は, 結婚相手を選ぶに際して,同和地区住民や被差別部落住民を避けることになるのは必定でしょう. 社会的差別意識をなくすることを掲げて行われる同和教育で, 被差別部落に対して, 社会的差別意識を煽るようなことが無意識的・無自覚的に行われている現実があります. 同和教育の資料としてもちいられなくても, 同和教育を担当する小学校・中学校の教師が, 左翼主義思想の差別思想・賤民史観の担い手である限り, その同和教育は,その目的と意図に反して, 社会的差別意識を生徒たちに教え込み,埋め込むことになります.
賤民史観が左翼主義思想に基づくものであることは, 光市の戦後の部落解放運動をになった小学校・中学校教師や部落解放運動家の書いた論文・書籍を読めば, 誰でも簡単に確認することができます.
私がインターネットのぶログ上で描き下ろしで書いた "部落学序説" は, 日本の社会から部落差別をなくするためには, 部落差別を拡大最生産しようとしている部落史の学者・研究者・教育者・部落解放運動家・行政の担当者から, 彼らが依拠している差別思想・賤民史観を解体・放棄する必要があると提言したものです.
0 件のコメント:
コメントを投稿